miércoles, junio 01, 2005

レゲトンの歴史(3)

93年から94年にかけて、すべてはヒップホップとレゲエのディスコ《ザ・ノイズ》で始まった。そこで、ビコCなどオールドスクールのラップを聴いて育った若者たちが当時のアメリカのラップやジャマイカのダンサブルなレゲエのトラックにのせて、自分たちのリリックをステージで歌っていた。

"Fever pitch"や"Bam bam riddim"、 "pounda"などのジャマイカのトラックを使っていた。94年が終わる頃、スペイン語による最初のレゲエ/ラップの最初のレコーディング"The Noise"と"Playero 37"が出た。私は今、レゲエ/ラップと言ったが、それは、ラッパーのように歌っていたが、アレンジのほとんどはラップの使う機材でジャマイカのダンサブルなビートをやったものだったからだ。ごく簡単に言えば、ラップとレゲエのフュージョンだったのだ。

3 comentarios:

Anónimo dijo...

この記事には関係ないですけど
先日の
コメントありがとうございます。
僕は今2回生なんですが、
1回生のときにゼミがたまたま
哲学を専門の教授にあたりまして・・・
(特にショーペンハウアー
が専門の方です。なんでもあまり
日本ではショーペンハウアーは
あまり受け入れられてないみたいですけど)

(1回生のゼミは最初から
勝手に決められてるんです)
まああまり勉強してないので
なんとも言えないところです。
とりあえず哲学と聞けば小難しい
雲をつかむようなイメージしか
まだないですね。

Anónimo dijo...

タケシさん、いつもお世話になってます。お気楽なほうのレゲトンブログをやってるNattyです。

今日は、ちょっとお願いがあってのコメントなんですけど、関東の読者の方から、なにかレゲトンのイベントがあったら教えてくださいとの御要望があったので、自分でもいろいろ調べたりはしてますが、タケシさんのお知り合いとかで、そういうイベントをやってる方など、もしも、いらっしゃれば、タケシさんのブログに記事として書いていただけませんか?(あとは、こちらのブログを、僕のブログで紹介しますので)

無理言って申し訳ないです。
もしいればで、全然、かまいませんので。

では、今後の更なる御活躍を影ながら応援していますので、いろいろと頑張ってください!

Takeshi Inoue dijo...

こちらこそお世話になってます。
了解しました。
まだレゲトンだけのイベントってあんまり
ないみたいですけど、可能な限り紹介できたらと思います。
また、よろしくお願いします。(^O^)